完璧な美しさよりも惹かれる「ゆらぎ」。美しさの主観について
2018.10.12既成概念に縛られず、自分の美意識に忠実に生きる。連載「自由の探求者」は、そんな「自由の探求者」の思考に触れることで、既知の物事や時間の概念を軽々と超えてしまうようなイメージの力を喚起します。
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「このグラスに出会って、衝撃的に感動したんです」
フードデザイナーの小沢朋子さんは、新婚旅行で訪れたインドで「VISION GLASS」を見つけたときのことをそう振り返ります。インドのガラスメーカーBOROSIL社が製造するこのシンプルなかたちの耐熱グラスを持ち帰った小沢さんは、自宅で数年使うなかで「このグラスなら、一生そばにあっていい」と確信。2013年からVISION GLASSの日本への輸入を始めることにしました。
しかし、BOROSIL社の基準で品質がOKのものでも、傷や焦げ跡が目立ち日本では販売できないグラス、いわゆる「B品」がすぐに溜まってしまうことに。倉庫にも入り切らなくなり、ついには家の寝室にまでダンボールを積み上げる状況になってしまったといいます。
「このままではグラスの販売が続けられないというところまで来て、何かを根本的に考え直さなければと思いました。そして気づいたことは、この目の前の大量のB品グラスは、自分にとっては全く問題ない商品だということ。自宅や事務所で使っているものは検品の結果商品にできなかったものだけれど、なんの不便も感じたことはなかったからです。」
そうして小沢さんは、それらのB品に「NO PROBLEM品」(以下、NP品)と名前をつけて、定価で販売することを始めました。2016年と17年には、NP品ができるまでの考えやプロセスを伝えるために「NO PROBLEM展」と題した展覧会を開催しています。
SIRI SIRI 岡本菜穂さんと小沢さんは、なんと中学1年の頃の同級生で、付き合いは25年以上。ジュエリーとグラス、装飾品と日用品と、ジャンルは違えどともにものづくりにかかわる2人に、「ものづくりと品質」について考えていることを語っていただきました。
小沢朋子|TOMOKO OZAWA
フードデザイナー。「モコメシ」の屋号で、「食べるシチュエーションをデザインする」をコンセプトにしたケータリングやレシピ提供、執筆、メニュー開発などを手がける。2013年より、インドで出会った「VISION GLASS」の日本への輸入・販売を始める。http://www.mocomeshi.org/
岡本菜穂|NAHO OKAMOTO
SIRI SIRI 代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒。2006年よりジュエリーブランド「SIRI SIRI」をスタート。建築、インテリアデザインを学んだ経験を活かし、ガラスなど身のまわりにある素材を使ってジュエリーをつくっている。http://sirisiri.jp/
つくることと伝えること
小沢:1回目の展示を通して感じたことが2つありました。ひとつは、NP品を受け入れてくれる人は意外といそうだということ。そしてもうひとつは、NP問題に悩んでいるのは決してVISION GLASSだけでなく、メーカーや流通にかかわるあらゆる人たちも同じ悩みを抱えているのではないかということでした。
そこで2回目の展覧会では、NP問題をより社会的なテーマとして考えられるようにしたいと思い、ものづくりを行う11社に対して「品質」や「検品」というキーワードをもとにインタビューを行い、それぞれの会社の検品基準がわかるようなものを展示してもらいました。
岡本:2回目の展覧会に行ったけど、すごく新鮮だった。傷がひどいものからピカピカのものまで11段階の品質のグラスを並べて「どこまでなら定価で変えますか?」と来場者に問う展示があったけれど、「私個人としての答え」と「ブランドとしての答え」も異なるから、目線の違いで捨てられてしまうものも変わってくるんだろうなと思った。
小沢:ちなみにBOROSIL社の基準では、11段階すべてOKなんですよ。日本では傷があるものは売れないんですよと彼らに伝えても、「それは知らなかった」という反応で。それくらい日本とインドでは感覚が全然違う。ただ、それくらい違っても日本の基準に合わせる努力をしてくれるところがインド人のすごいところ。「そんな価値観知りません」じゃなくて、一度こちらの基準を飲み込んでくれる。多様性の中で生き抜く強さを感じます。だからこそ、NP品の販売を通してこれまで自分にはなかった価値観を受け入れてみよう、と思いました。
岡本:日本ではとくに、B品に対する基準が厳しいんだろうね。日本はものづくりで成り立ってきた国なんだけど、ものをつくることに対する敬意や想像力は落ちてきているようにも感じていて。自分でつくったり触ったりすることで「つくること」に対する理解力は深まるんだけど、お金を払えばなんでも買えてしまう社会のなかで、つくり手と売り手、つくり手と使い手の距離が広がっていることが原因にあるように思う。
そうした乖離を避けるためのSIRI SIRIとしての対策は、直販を増やしていくこと。自分でものづくりをしていない人でも、つくり手の話を聞くことでどんな価値観でものづくりをしているのかを知ってもらえる機会になると思うんだよね。
小沢:うちは基本的には卸業がメインになるんだけど、週に1回、水曜日の夜3時間だけは倉庫で直販をやっているんだよね。そうすると「ここで買いたかった」「自分でNP品を選びたい」と言ってくれるようなVISION GLASSのファンの方も来てくれる。週に3時間という微々たる時間だけど、すごく大事な時間になっていますね。
「ゆらぎ」の魅力
岡本:SIRI SIRIではいま、「マイスター制度」という仕組みをつくってみようと思っていて。ひとつのデザインでも、職人さんによって飛び抜けて出来のいいものがあるんだけど、そうしたいいものについては値段を上げて、その分職人さんに対して高い対価を払えるようにしたいんだよね。同じデザインでも価格が違う、というのもありなんじゃないかなと。
小沢:デザイナーと職人さんが対等な感じがするね。
岡本:そうすると、最新の技術を使った職人がつくるものよりも、マイスターがつくるもののほうが高く売れるという状況も出てくるかもしれない。そこにはその職人なりの手癖や個性、つまり「ゆらぎ」もあるかもしれないけれど、やっぱり私は、そうした「ゆらぎ」に惹かれることがある。完璧さの上に、職人なりの個性を感じるもののほうに魅力を感じるんだよね。だからたとえロボットで正確にジュエリーをつくれるようになったとしても、均一になってしまうものはつくらないと思う。
それから、自然の流れみたいなものも妨げたいとは思わないかな。たとえばガラスは酸素バーナーを使うので、空気が入ってしまうのは当たり前のことなんだけど、その泡を抜く作業に不自然さを感じてしまう。とはいえ、リングの端っこに泡が入っていれば気にならないけどトップに入っていたら気になってしまうので、ブランドとしてどこまでをOKにするかは難しいよね。
小沢:コップの場合も、同じ傷でも下のほうにあったらいいけど口元にあったらダメということもある。生産管理の人とは「5mmの傷が1個までだったらOK」となんとか数字で決まりをつくるんだけど、結局は1個1個を見ないと判断ができないんだよね。だから、基準ってなかなかバシっとは決められない。
岡本:実は基準って、すごく主観的なものなんだよね。それに、グラスでもジュエリーでも、毎日使っていたら小さな傷はすぐについてしまうもの。ものは使っていくうちに変化していくんだという考えが、もう少し広まるといいなとも思う。
自分の感覚を大事にすること
岡本:朋ちゃんは、展覧会のような活動を通してNP品について伝えていることの効果って感じられる?
小沢:いままですごい厳しいことを言っていたのに「やっぱりこれくらいの傷ならいいですよ」と言ってくれるようになったところはないかもしれない(笑)。でも、既存のお客さんではなかった人から「すごく共感します」と言われることがあるから、同じようなことを考えている人がいるんだとわかったのは大きいかな。
岡本:ムーブメントとまではいかなくとも、(伝える活動を通して)品質に関するルールも人が決めているんだということをたくさんの人に知ってもらえたらいいよね。ルールはルール、ではなくて、そのルールがあること自体も人が決めているんだから、「そのルールが本当にふさわしいのか」という議論がもっとあってほしい。必ずしも誰かが決めたルールに従わなくちゃいけないわけじゃないんだから。
小沢:NP展では、決して「答え」を提示していたわけじゃなくて。たとえば展示に参加した11社のなかには、ものすごく厳しい基準を設けているところもあれば、そうでないところもある。つまり、基準はさまざまで、正解がひとつでないならば、「自分で自分の正解を考えよう」と品質について主体的に捉えてくれたらいいな、というのがあの展示の目的だったんだよね。
メーカーさんにとっては、品質や検品のことって言いにくいと思う。でも、そうした状況が消費者の知らなさ加減を生んでいるんじゃないかと思っていて。私自身も、この仕事をするまでは世の中のショップに並んでいる商品がすべてだと思っていたから、商品はきれいであることが当たり前だと思っていた。
でもVISION GLASSの仕事を始めて、つくる側・売る側にも品質について「伝える責任」があると考えるようになった。消費者が知らないことを嘆く前に、まずは伝える努力をしなきくちゃいけないと。だからNP問題について発信することは、これからも続けていきたいと思っているんです。
岡本:自分の主観や感覚を大事にして、自分の基準でものを選ぶのが当たり前になる時代が来るといいなと思う。私は、そもそも朋ちゃんが「自分が感動した」という理由でVISION GLASSを始めたという話がすごい好きなんだよね。自分が美しいと思った、という主観から始まっているのが。
そうした誰かの主観が人に伝わって、VISON GLASSを買いたいと思うきっかけになることもある。少なくとも私はそうだったから。VISON GLASSの活動の好きなところは、朋ちゃん自身が惚れてしまった、その感じが伝わってくるところなんだ。
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いきすぎた大量生産・大量消費に歯止めをかけるためには、つくり手や売り手だけでなく、使い手の意識も変わっていかなければいけない──2人の対談から感じたのは、ものがつくられ、売られる環境には、誰もがかかわっているということでした。
誰かが決めたモノサシではなく、自分のモノサシをもって身の回りのものに接すること。一人ひとりが「自分の基準」をもつことで、もっと多様で、もっと楽しい、「人ともの」との関係性が生まれてくるのだと思います。
文 宮本 裕人
写真 伊丹 豪
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Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2018
DESIGN TOUCH CONFERENCE −みらいのアイデアを学ぶ
Session_#09 これからの生活美学|B品を考える「NO PROBLEM!と言える価値観・ものづくり」
普段はあまり話されることのない品質の観点から、ブランドや製品に対する考えを感じていただけましたら幸いです。
日時:10月28日(日) 15:30 − 17:30
会場:東京ミッドタウン・カンファレンス ROOM1/2(ミッドタウン・タワー4F)
スピーカー:小沢朋子氏/國府田典明氏(VISION GLASS JP / 國府田商店株式会社)
ゲスト:阿部哲也氏(IKEUCHI ORGANIC代表取締役)、福田知桂(SIRI SIRI生産管理)
お申し込み:Peatix より お申し込みください。
Exhibition inspired by NO PROBLEM PROJECT
また、今回のトークセッションに合わせて、SIRI SIRI SHOP では、作った職人毎に分けてジュエリーを展示しております。
制作する職人によって、ジュエリーの雰囲気もそれぞれ異なりますので、その違いをお楽しみいただけたらと思います。
期間:10月20日(土) −11月4日(日) * 店舗営業日のみ開催。
無料、事前予約不要。お気軽にお越しください。
* トークセッション、Exhibition の詳細はこちらからご覧ください。