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素材への旅

固体のようで液体に近い、変幻自在なガラスという素材

2018.08.31
固体のようで液体に近い、変幻自在なガラスという素材

ガラス、籐、螺鈿……。SIRI SIRIのジュエリーは、生活のまわりにある素材でつくられています。連載「素材への旅」では、素材の由来や特徴をひもときながら、そこにあらたな価値を生み出す視点を掘り下げます。

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SIRI SIRI のプロダクトの中でも、重要なマテリアルのひとつであるガラス。人類がガラスを扱うようになったのは、3500年から4000年前のメソポタミア文明の頃だろうと言われている。商人が偶然、海岸でソーダ灰の袋を使って火をつくったら、砂浜とソーダ灰できれいな透明な石ができたことが起源とされ、偶然の産物として生まれたガラスは当時、主にビーズなどの高級な装飾品の素材として使われていたそうである。その後、制作方法が日本で一般化されたのは、江戸末期頃。窓といった住まいに寄り添うものとなって愛用されるようになったのは、戦後のことだとか。

目で見て手で触れて固体だと認識していても、科学的な定義においてはガラスは固体には当てはまらない、という不思議な素材でもある。固体は分子が規則正しく並んだ構造をとる結晶のこと。一方で、液体は分子の配列がバラバラで自由に動き回る非晶体のことを指す。つまり、ガラスの内部は原子がランダムにつまった構造であり、その原子は数万年という時間をかけてゆっくり移動をしているのだという。だからこそ、科学的には液体に近いものという扱いをされているのだろう。ガラスが透明な理由もまた、その構造の不規則性に由来している。光が散乱せず、また主成分の珪砂(二酸化ケイ素)も光を吸収しないため、水のように無色透明に見えるのだ。

では、ガラスとは一体何なのだろうか。人間が生きている短いスパンの中では静止しているように見えているが、本来は液体のように微かに移動している素材といったところか。そんなガラスを、レンズや窓、瓶や器など生活の中で光を通してくれるものとして利用したり、ジュエリーとして身につけたりしていると思うと、不思議な気持ちになってくる。SIRI SIRI のプロダクトを手がけるガラス職人のひとり、樫田 睦さんがガラスを巧みに扱うさまを目の当たりにすると、やはり液体に近い素材なのだということを実感させられる。熱を加えすぎると沸騰するという特性も、ガラスの液体らしさを表しているように思えてくる。

 

火とガラスだけで生み出される繊細なジュエリー

SIRI SIRI のジュエリーで使用する耐熱ガラスの場合、融点は約600度。かたちを整えるのも、切り離すのも、結合するのも、すべてガスバーナーの火の上で行われる。使う道具も、ポンテと呼ばれるガラス製の芯棒に形を整えるピンセットなど比較的シンプルだ。溶けたガラス同士を組み合わせれば自ずと融合するため、接着剤ももちろん不要。ジュエリーへと姿を変えるのは、透明のガラス棒やガラス管。内面に線状の凹凸があるガラス管をバーナーの上にかざし、液体になって落ちてしまわないよう、全体に火が当たるようにゆっくりと回していくのだそう。炎は炎色反応で、青から赤へ変わっていく。

「意外と、ぐにゃっと崩れたりはしませんよ」と樫田さんは言うが、少なくとも3年は修行をしないとガラスを自由に扱うことは難しいとか。まさに火の上で固体と液体の間を行き来するガラスは、なかなか言うことを聞いてくれない素材のようである。温められてやわらかくなったガラス管は両サイドを引っ張ることで細くなっていき、SIRI SIRI のジュエリーのデザインに合わせて象られていく。丸みを出すときは、吹き出し棒でほんの少し空気を入れてふくらませるだけ。

なめらかに美しい曲線を描けるかどうかは、職人のセンス次第だ。魔術師のようにガラスを扱う職人の手にかかると、まるで空中でガラスの彫刻が仕上がっていくように見える。その技は、「料理に近いかもしれない」と樫田さんは言う。彼はもともと料理人だったそうだ。シンプルな素材を火の上で調理するという意味では、料理もガラス工芸も確かに近いところにあるのかもしれない。

幾度も熱を加えられ、冷めて固まることで完成されるガラスだが、温度変化に弱く急に割れやすいという弱点もある。だからこそ、最後のプロセスも丁寧に施す必要があると樫田さん。「ガラスの表面は温まると膨れますが、芯はまだ冷たいので、その温度差でパリンと割れてしまうことがあるんです。なので、最後に窯で温度を一旦上げてからまた下げるという仕上げをして完成になります」。

自由自在な逞しさがありつつも、美しい繊細さも併せ持つガラスは、職人たちの丁寧な手仕事によって我々の求められる姿へと変身を遂げる。古来から人間が触れられる存在でありながら、まだまだ不明瞭な部分も多く残るガラス。その素質、一瞬掴めたかのようで、流れる液体のように捉えどころのない魅力に溢れているということを改めて実感させられたのだった。

文 小川 知子

写真 伊丹 豪

固体のようで液体に近い、変幻自在なガラスという素材

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