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素材への旅

反射と屈折、透過。稀有な職人技でつくられる「江戸切子」の魅力

2020.05.31
反射と屈折、透過。稀有な職人技でつくられる「江戸切子」の魅力

SIRI SIRIのジュエリーに欠かせない伝統技術の江戸切子。その歴史や技術について、制作を手がける(株)清水硝子社長の清水三千代さん、切子職人の中宮涼子さんに話を聞いた。

 

江戸切子の歴史と加飾方法

天保5年、江戸時代後期にまで遡る江戸切子の歴史。東京・大伝馬町でガラス問屋を営む加賀屋久兵衛が、職人にガラスへの細工を工夫させたのが始まりとされる。当時の加賀屋の引札(広告紙・カタログ)には、食器や硯(すずり)、かんざしなどが記載され献上品などにも扱われる高級品だったという。

その後明治政府は、近代化の手段として、殖産(しょくさん)興業の一環で品川硝子製造所を設立し、イギリスから招聘したエマニエル・ホープトマンにカットグラスの技術を学ばせた。

その技術は、例えば「ストロベリーカット」なら小紋を参考とした「魚子(ななこ)」や「霰(あられ)」のような日本ならではの呼称に置き換えられ、食器や照明などへと施されるようになった。

当時の「江戸切子」は透明ガラスに細工したもので、一般に想像される色付きのものは、薩摩藩による薩摩切子の技術だった。薩摩切子は断絶し、江戸切子は現在まで受け継がれている。

色付きの多くは、内側に透明、外側に色ガラスを重ねた「外被せ(そとぎせ)」で、加える金属で色が変わる。例えば、青はコバルト、銅赤(濃赤)は銅、金赤(ピンク)は純金といったように。

また色にも流行があり、昨今はモダンな印象の黒も登場し男性に人気が高いという。色に加えて底や表面、絵画風など柄の入れ方や仕上げ方で雰囲気が大きく変わるのも特徴だ。職人の個性が活かせる部分でもある。ただ、こうした被(き)せガラスへの切子は特に刃を当てそびれると色が抜けるため、高い技術を身につける鍛錬が欠かせないのだ。

ちなみに現時点で「江戸切子」と正式に呼べるのは、江戸切子協同組合の職人が切子細工を施したガラス製品のみ。その技術と価値を守り、後世に伝える施策によるものだ。

 

江戸切子がガラスに描く「水面のゆらぎ」

こうした江戸切子の技術を用いたのが、「KIRIKO Bangle」や「KIRIKO Hair Tie LONG」、「KIRIKO Earrings SCRAPER」、「KIRIKO Ring」など、SIRI SIRIでも10年以上の人気を誇る「KIRIKO」シリーズだ。

これらは東京・葛飾にある「(株)清水硝子」で制作されている。ホープトマンに学んだガラス職人・今村仁之助を師とする初代直次郎が大正12年、本所区菊川町(現在の墨田区)に開いた創業97年の老舗工房。長く企業の下請け品では細脚物(ワイングラスやゴブレットなど)やタンブラー、花瓶のような食器・工芸品などを扱い、現在はこのほか装飾用板ガラスやランプフードやオブジェなど建築・内装用製品も手がけている。東京スカイツリー(R)内のエレベーターなどの装飾やオブジェなどもその一つ。

また最も身近なグラスや食器について、社長の清水三千代さんは「普段使いできるシンプルでモダンなものを提案したい」と語る。

底の模様が万華鏡のように広がるグラス(写真)や指に沿う柄が入ったぐい飲みなど、装飾性と機能性も兼ね備えたデザインを提案している。

雑誌やコンテンツ作品とのグッズ制作など、従来の伝統工芸にはないコラボレーションも多い。こうした案件では、下請け時代からデザイナーの意向を汲み取り、共に制作を進めてきた経験が活かされている。だが、10数年前に岡本が依頼した「耐熱ガラスのバングルに切子細工を施す」ことは、同社100年近い歴史の中でも珍しい話だったという。

清水:お話をいただいた時は、パイレックスガラスの加工なんてできるのかと思いました。ただ、前工場長の三田(隆三さん)が試したところ、なんとかできそうだと。最初こそ三田が加工や道具の助言をしたようですが、それ以降は現在若手のリーダーである中宮(涼子さん)に担当を任せ、岡本さんのイメージの具現化に取り組むよう促したんです。これからは若い職人の時代だから、と。

現在も制作の担当である切子職人の中宮涼子さん。2019年には江戸切子初の女性伝統工芸士となったほどの実力だが、それでも岡本の要望を形にするのはかなり大変だったと語る。

中宮:初めて岡本さんがご相談にいらした時は驚きました。手書きのデザイン画を見せて『プールの水面のような』細工にしたいと仰って。私自身がこんな感じかなと思うデザインを数パターンご提案し、岡本さんに選んでいただきました。その上で全体で柄を同じ大きさにするか、少しずつ変えるかなどを話し合い、最終的に『中央から端に小さくなる槌目』へと固めて行きました。

普段の仕事でも、デザイナーの意向を汲み取ることが最も大変な作業と語る。印象やデザイン画などを元に伝統柄に置き換えて提案し、そこにデザイナーのさらなる要望を加えることで、世界で一つのデザインが生まれていく。

中宮:話し合いをどれだけ大事にされるかは、デザイナーさんによって違います。岡本さんのように美学とこだわりをもって何かをつくり出そうとされる方だと、時間もかかるし意図や思いを理解しにくいこともあります。だけど、それが理解できてくると非常にいい商品が生まれるんです。

 

KIRIKOが生み出される現場

切子細工の作業は、柄や細工の複雑さで作業量や作業時間が大きく異なってくる。ごくごく状況を限定した例だと、シンプルな小鉢でも、1人だと1日3個ほどが限度だという。工程としては、縦横に割り付け線を入れる「割り出し」、水をつけ大まかに削る「粗摺り」、細かい目のホイールでさらに削る「三番掛け」、人工砥石や天然石に水をつけ滑らかにする「石掛け」、研磨剤をつけて磨く「磨き」、水溶き酸化セリウムをつけて仕上げる「バフ掛け」になる。

例えば、ガラスはカットしただけだとすりガラス状態のため、砥石の目を変えて整え、さらに磨いて透明に仕上げていく。清水硝子では、この磨きの工程では彫りの頂点を先に磨く『芯通し』を行ってから全体を磨く。こうすると柄がボケずに際立たせられるのだ。どの工程も繊細な意識と高い技術が必要だが、一度間違うとデザインが成立しなくなる割り付けや、一旦刃を当てると素材がボツになる粗摺りは、職人も特に気を使うという。

清水さん曰く「どんな作業でも職人は簡単そうに行いますし、そう見えます。でも、実際はとても難しい工程なんです」とのこと。

中宮:SIRI SIRIの加工は、柄が隙間なく重なり、柄のサイズが微妙に小さくなっていくときれいな仕上がりになるんです。また、厚みがあるので割れる恐れは少ないですが、その分歪みが出やすいんです。その調整をしながら、正面から見た時にきれいな六角形が出るようにします。

中宮:個々の形に沿って同じような柄を入れていくことは難しくないのですが、たくさん並んだ時も同じ見え方にすることにはやはり限度があります。全体や端のカーブ、厚みなどの個体差に寄るところって大きいからです。

KIRIKO Bangle」はカッチング(人工砥石)のみで仕上げるため、削りに関しては「粗摺り」、「三番掛け」、「石掛け」をまとめて行うことになる。10年以上前に初めて手がけた時は、一つ仕上げるまでに何時間もかかったそう。また仕上げも「薄く曇った状態」という独特な要望のため、透明にしすぎないよう少しずつ進め、洗い、検査するという行程を3〜4回繰り返している。

中宮:横着すると一部分だけ光りすぎてしまうので、全体を見ながら少しずつ進める必要があります。通常は仕上げのバフ掛けは一回で終わる行程ですから、それなりに手間はかかります。

あえて磨かないグレーカット技術はあれ、“半ツヤ”は業界内でもあまり見られない仕上げ。絶妙なラインを見つけるまでにも何度も話し合い、意思の疎通を測ってベストな仕上げを見つけ出した。

中宮:私たち職人が考える半ツヤ感や模様の際立たせ方と、岡本さんのそれではやっぱり微妙に違うんです。磨きすぎず、磨かなさすぎず。際を目立たせる、目立たせない。その調整にはずいぶん時間がかかりました。でもその甲斐あって、今はほぼ同じ認識で仕上げられていると思います。

その言葉にかつての苦労が偲ばれる。しかし、じつはバングル以上に大変なのが、指先で全部が隠れるサイズの小さな「KIRIKO Earrings SCRAPER」や柄のデザインと本体の造形から歪んで見えやすい「KIRIKO Hair Tie LONG」。切子では扱うガラスの重さに耐える大変さもあるが、逆に小さすぎる物だと指の力が普段以上に必要になる。さらに「KIRIKO Earrings SCRAPER」は平盤で削るため、毎回爪がなくなる感じがすると苦笑する。

中宮:でも切子の仕事は楽しいです。始めた頃はあんまり考えずにつくっていましたが、経験値を積んだ今では、ガラスの大きな反射と屈折と透過という魅力が伝わるものづくりができたらと思います。

現在、SIRI SIRIのアイテムも分業で進めている。個体差のある素材や職人たちの手の癖を調整しながら、水面が動くようなゆらぎを持ったアクセサリーを日々仕上げている。

 

職人の高い技術を絶やさないために

カットグラスの技術と日本の文様や細工の技術が融合し、日本の伝統文化となった江戸切子。ヨーロッパにも輸出され、海外からの観光客のお土産ものとしても人気が高い存在となっている。

清水:同じグラスのかたちでも細工で全然違ったものに見えますから、その魅力を広く伝えていきたいですね。江戸切子は普段使いして触れていただきたいです。美しい切子の器やグラスは、普段のお酒や食材をワンランク高級に感じさせてくれますし、食べることに喜びと豊かさをプラスしてくれます。ですから、高価なものだからといってしまい込まずに、気軽に楽しんでほしいです。

取材後、清水さんが「切子だけでなくさまざまな伝統産業が瀬戸際に来ている。手間暇かけて生み出す伝統的な技術は残しておくべきではないかと思うんです」と語っていた。技術を身につけるまで時間はかかるけれど、その希有な技は長く愛されるものを残すはず。

職人の世界では超若手と言われる世代が生み出すSIRI SIRIのKIRIKOのジュエリーが、伝統技術を引き継ぐ術の一つとなることを願ってやまない。


文 木村 早苗

写真 伊丹 豪

反射と屈折、透過。稀有な職人技でつくられる「江戸切子」の魅力

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