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Inspiration

深度、色。スイスの工房で、つくり手の感性を閉じ込める

2020.10.31
深度、色。スイスの工房で、つくり手の感性を閉じ込める

スイスの風景を閉じ込めたリサイクルガラスの照明(前編記事を参照)、その実現のため、岡本は現地のガラス職人との作業に入った。

工房があるのは、ベルンから鉄道で1時間弱の古くからあるリゾート地、インターラーケンからさらにバスで進んだ山あいの集落。

バスを降りるとアルプスが一望でき、パラグライダーが宙を舞う。バス停を降りてとうもろこし畑の脇を進んだ先に、今回一緒に照明を制作する工房「NEISENGLASS」がある。

デザインに終わらない、“つくる”プロセス

今回の照明の特徴は、素材にリサイクルガラスを使うことと、ジュエリーとは違うつくり方をすること。この工房ではリサイクルガラスを当たり前に扱っているので、素材の選定は比較的簡単にできたという。

もう一つのチャレンジは、ジュエリーとは異なる工法でつくること。ジュエリーは、硬質なガラスをバーナーで加工する“バーナーワーク”という手法で加工するのに対し、今回は、主に溶かしたガラスに息を吹き込んで成形する“ブローワーク”で行う。

岡本「型を使ったブローワークで成形するつもりです。私が求めるラインがシャープで、金型のほうがエッジがしっかり出るので、木型と金型の両方を使おうと考えています。型づくりの部分は試行錯誤しているところで、ロックダウン中にメタルワークの勉強をしたので、金型ができたら自分で磨こうかと考えています。

SIRI SIRIの特徴の一つは制作側も手を動かす、職人さんの技術に寄っていくプロセスがあることだと思って、今回も私がサンプルをつくったり、型をつくったりするプロセスが入ってくることに意味があるように思います。」

岡本が工房に持参したのは、図面と、石膏でつくった模型と、ファーストサンプルのオブジェ。

岡本「重量感や手に持った感じ、それが場にある雰囲気は模型があると図面だけよりまったく違うので、模型はつくりたいなと思って。」

職人さんは岡本のイメージをもとに「こういうつくり方でどうか」とサンプルをつくってくれていた(奥の2つ)。

岡本「ファーストサンプル(手前の円錐を組み合わせた形のもの)の素材感がイメージに近いので、今のサンプルをもとに泡入りにしてもう少しぼんやりとした光が出るようにしたいですね。」

手前にある電球は、ユーザーが気負わずに長年使えるものにしたいという設計の理由から、身近にある入手しやすい、交換しやすいものから探す。

お互い持ち寄ったものを突き合わせ、どのような工法でつくり、何ができて何ができないかを話し合う。重要な特徴は厚みをもたせること。前編で語ったように、川の深さを表現するために厚みのあるグラスを使いたいという。

岡本「今回のテーマであるアーレ川の深度を表現するために、ガラスに厚みを持たせたくて、でもそうすると当然重くなってしまう。実際持った感じが見た目より重いと人は怖いと感じてしまうものなので、重さと見た目のバランスが大事。石膏でモデルをつくりながら慎重に考えています。」

現在考えているのは大きさの違う二種類。日本とスイスでは住宅事情も違うため、スイスでは大きいものが、日本では小さいものが好まれるのではないかという。

“自然”が生活の中にある、スイスの光景

岡本が考えるのは、ダイニングに注ぐ優しい光。スイスでは夕飯をろうそくの光でいただくこともあり、そういう優しい光が食卓の上にある状況をイメージする。

岡本「日本ではそういう状況は普通はないと思うんですが、そんな雰囲気を演出できたらいいかなと。イメージするのは、自然の要素が生活に溶け込んでいくような状況。人の手も自然の要素だとすると手工業でつくられたガラスも自然の要素になる。今は、ものに内包するつくり手、デザインする側の精神性、物語みたいなものが失われていると思うので、使い手ににそれが伝わるものづくりをしたいと思っています。

例えば日本の陶芸は、土、水、風、火、人の手といった要素が全部集まってできています。そうしたものは効率は悪いですが、使っているときの気持ちがぜんぜん違う。自然との距離感が近くなる。照明は工業化されたものがほとんどなので、そういう気持ちが喚起されるようなものをつくれればいいですね。」

岡本はスイスで過ごす中で、家で長い時間を過ごすために家の中でどう心地よく過ごすかを深く考える文化に触れた。日本でも、今回のロックダウンで家の中での過ごし方や、家そのもののことを考える人も増えてきた。だからこそ、日本でも自然の要素を生活の中に溶け込ませるようなインテリアが求められるようになるのではないかと考えたのだ。

ただ、湖や川を表現するために考えていた色ガラスの使用は容易ではないようだ。

岡本「色ガラスは、炉の中に入っているガラスを一回出してからつくります。その場合、そのときにつくった色ガラスの全量、例えば50kgとかを使い切らないといけません。それだけの量を使い切るだけの製品をつくれるのか、チャレンジになります。」

それでも現地の風景を表現したいという思いは強く、そのためにも現地の職人さんと仕事をすることには意味があるという。

岡本「いつも暮らしている場所から近いところでものづくりをしたいと考えていますが、それは環境から何が美しいと感じるかが蓄積されていくと思うから。近い環境で暮らしていると、きれいなものの基準が共通してくることが重要なんです。」

スイスで暮らす中で、何が美しいと感じるか、そうした美意識の影響を受けているようだ。たとえば、工房にあったブローパイプを冷やすためのバケツ。

岡本「スイスって、ミルク製品をつくるときに使う道具に楕円のものが多いんです。なぜなのかはわからないんですが、いいなと思って、照明と同じテーマでつくっている新作のジュエリーにも楕円っぽい造形を使っています。」

話を聞き、写真を見ると、スイスの暮らしや風景はとにかくゆったりしている。それがデザインに取り込まれたとき、そこにどんな手触りが生まれるのだろうか。

文 石村 研二

深度、色。スイスの工房で、つくり手の感性を閉じ込める

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